上記の画像は、会社設立後に作成したアクティブブレインズ初の会社案内です。
いま見ると、とても懐かしく感じます。
国のプロジェクトに応募するため、屋号「PCママ」ではなく、会社を設立する必要が急に出てきました。
会社設立には多くの書類が必要で、当時は「専門家に依頼しないと難しい」と言われていました。今のようにインターネットで簡単に調べられる時代でもありません。そこで、行政書士に相談することにしました。
千葉県庁近くの事務所の中から、外から見えて入りやすそうな事務所を選び、扉を開けました。
親切そうな方が、相談に乗ってくれると思っていたのですが――
私 「会社を作りたいのですが、相談にのっていただくことはできますか?」
行政書士「会社は誰がつくるのですか?」
私 「私です!」(ちょっとドヤ顔で)
行政書士 「えっ、あなた?」
私 「はい、私です!」(さらにドヤ顔で)
すると、返ってきた言葉は
行政書士「あ~、あなた女なんだからやめといたほうがいいですよ。バブル崩壊後、会社経営って本当に大変だから、女性にはきついでしょう。悪いこと言わないから・・・」
あまりにも予想外の言葉に驚き、その後のやり取りはあまり覚えていません。
ただ一つ、「行政書士には頼まない」と決めたことだけは、はっきりと覚えています。
1998年。当時はまだ、そんな時代でした。
「女なんだから」「女のくせに」そんな言葉も珍しくありませんでした。
でも、いちいち気にしても仕方がありません。
「それなら、自分で全部やればいい」と思い、すぐに行動に移しました。
その後、有限会社から株式会社への組織変更も自分で行ったので、相当根に持っていたのだと思います(笑)
当時、有限会社の設立には資本金300万円、株式会社には1000万円が必要でした。
手元にあった資金は300万円、まずは有限会社としてスタートすることにしました。
そして、次に会社名を決めます。
「PCママ」で活動していたときに感じていたのは、発表の順番が後ろになりがちで、資料でも下の方に掲載されてしまうことでした。何とか上の方に表示されて目立つようにすることはできないか。
「それなら、“あ”から始まる名前にすればいい」
そうして考えたのが、「アクティブブレインズ」 という社名です。
「アクティブな頭脳集団」を目指して名付けました。結果的に、このネーミングは大成功でした。

どんな場面でも上の方に表示されるようになり、「では、アクティブさんからお願いします」と言われることも増えました。
社名が決まった後は、法務局で同一名称の確認を行い、事業内容を定める定款づくりへと進みました。
起業したばかりの知人に相談し、定款を見せてもらいながら、パソコン教室の運営や教材開発など、自分の事業内容に合わせて定款を作成しました。
こうして約1か月という短期間で、有限会社を設立しました。
そしてその後――
あのとき行政書士の方が言っていた「会社経営は本当に大変だから」という言葉が、
親切心からのものだったと実感する日が、そう遠くないうちに訪れることになります。